ハイドンからベートーヴェンへと受け継がれたウィットのセンス
2001年2月号掲載

 1792年、ベートーヴェンはハイドンからウィーン盛期古典派の随を学ぶべく生まれ故郷のボンからウィーンへと旅発ちます。ところが2回にわたるロンドン旅行の合間にあり、交響曲の作曲に忙殺されていたハイドンからは満足のゆく教授を受けることができませんでした。その上、この才能豊かなふたりの間には感情に少なからぬ行き違いがあったようで、後年になってからベートーヴェンは「ハイドンからはなにも学ばなかった」と言ったと伝えられています。
 しかしこのふたりの作品を弾いていると、ハイドンのベートーヴェンに対する影響力には相当なものがあったと感ぜざるを得ません。特にウィーン時代初期のベートーヴェンの作品にはそれが顕著に見受けられます。ハイドンが出版を見合わせるように助言したピアノ三重奏曲ハ短調作品1の3は、皮肉なことにハイドンのシンフォニー第95番ハ短調と構造上の共通点が見受けられること。「スケルツォ」を「メヌエット」に代わる正規の楽章として確立したのはベートーヴェンの業績としても、アイデアの源泉はハイドンにあること等、実際的な影響を数えあげれば無数にあります。
 ここでは、このような多くの技法上の影響以外に、このふたりに共通する「ウィットのセンス」についてお話をしましょう。
 ハイドンはウィットに富む作曲家です。シンフォニー第93番ニ長調、第2楽章のファゴット(極めて美しい楽章に突然鳴り響く「おなら」の音)や、「驚愕シンフォニー」第2楽章のように、あからさまなユーモアで笑わせてくれるものもありますが、大抵のウィットは、感受性が鋭く音楽に通じている聴衆がこそっと笑うようなものです。例えば、Hob.50、ハ長調ソナタの冒頭を見てみましょう[譜例1]。4分の4拍子の音楽の場合、小節内の拍を[強・弱・中強・弱]と感じながら演奏するのが常ですが、この曲には「全ての音を平等に弾いて」という意味をもつダーツが各音につけられています(当然強く弾かれるべき音にはわざわざ記されていません)。ダーツがなければ洗練した感じに表現することも出来なくもない音型ですが、それはハイドンの望んだところではないのです。またこの右手の音型に対し、合いの手に入る左手は、しつこくドのオクターブで応答します(計10回も!)。まるでちょっかいを出す妻と空返事の夫のようなコミカルな情景が思い浮かんできませんか。この楽句は意識して無機的に演奏すると、ハイドンのウィット感というものが再現できます。
 しかしこのような微妙なウィットは、この時代の様式感が前提にないとなかなか理解できないことです。ロマン派やそれ以降の作品を鑑賞する時のように、真顔で聴いていては(あるいは演奏していては)ウィットは傍らを通り過ぎていってしまいかねません。
 さて、ベートーヴェンのウィットを見てみましょう。ピアノ三重奏曲変ホ長調作品1の1の終楽章[譜例2]、冒頭の10度の跳躍を3度繰り返す動機は「三段跳び」の挑戦のようで、それに応えるヴァイオリンの動機は浮き浮きと小躍りしているようです。この楽章はコーダ内でいきなり遠隔調のホ長調に転調するところなど、居心地の悪さが妙におかしくウィットがふんだんに散りばめられています。ピアノソナタ作品2の2、冒頭のひたすら下方へ向かう音型[譜例3]などもそのような例のひとつです。
 ウィットを備えている人は魅力的です。楽聖と崇められ気難しい顔で描かれているベートーヴェンですが、そのヴェールの下には人間的な暖かみ、ユーモアやウィットが溢れ、それがベートーヴェンの魅力に花を添えています。


[譜例1]J.ハイドン/ピアノソナタ ハ長調 Hob.ィ、:50 第1楽章 (Henle版より)


[譜例2]ピアノ三重奏曲 変ホ長調 作品1の1 第4楽章 (Henle版より)


[譜例3]ピアノソナタ作品2の2 第1楽章 (Henle版より)

「ピアニストが見たベートーヴェンの素顔」表紙