アルルの女 〜プレイエル・ピアノによる ビゼー ピアノ作品集〜

CD アルルの女フォルテピアノ:小倉貴久子

収録曲:
ジョルジュ・ビゼー:
ラインの歌 〜6つの無言歌〜
 夜明け、出発、夢想、ボヘミア女、ないしょ話、帰郷
幻想的な狩り 変ホ長調
ノクターン ヘ長調 作品2
ノクターン ニ長調
半音階的変奏曲 ハ短調
アルルの女 〜アルフォンス・ドデの3幕のドラマ〜より(作曲者自身によるピアノ版)
 第1幕 序曲、音楽劇と合唱 終曲
 第2幕 幕間と合唱 パストラール、幕間、間奏曲 メヌエット
 第3幕 幕間 カリヨン、ファランドール、幕間(アダージオ)、合唱、音楽劇、終曲

使用フォルテピアノ:プレイエル(1848年、パリ)

[録音]2017年6月 キラリふじみ [発売]2017年12月
[ブックレット]巻頭言:井上さつき、プログラムノート:小倉貴久子、詩「ライン逍遥」ジョゼフ・メリ日本語訳:久野 麗、プレイエル:小倉貴久子、Booklet in English enclosed 全26ページ
付録:「ライン逍遥」逐語訳
ALM Records ALCD-1169 3,024円(税込価格)

このディスクは〈レコード芸術〉特選盤、〈毎日新聞〉特薦盤、〈音楽現代〉注目盤、〈CDジャーナル〉今月の推薦盤。また〈BillboardJapan〉のAlbum Review、〈月刊ピアノ〉の新譜紹介コーナー、サライ〈今月の3枚〉で紹介されました。

19世紀パリの薫りを醸し出す、プレイエル・ピアノの彩り豊かな音色で、知られざるビゼーの珠玉のピアノ作品が、鮮やかにその光彩を放つ

WEBぶらあぼインタビュー

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【特薦盤】ビゼーのピアノ曲を、往時全盛を極めたプレイエルのピアノで弾いたアルバム。ピリオド楽器がここでは、作品に迫る手法といった役割をはるかに超えて、作品を作り出す原動力に一体化し、なくてはならぬ音になっている。息をのむのは、ビゼーの代表作「アルルの女」のビゼー自身によるピアノ編曲版。音域の違いによって音色が異なるプレイエルの特徴が、和音の妙を一層引き立てる。この精緻な編曲は、編曲を超えたピアノ芸術に至り、小倉の演奏がその魅力を十全に引き出している。有名な「序曲」も「パルトラール」も通常のオーケストラ版よりはるかに面白く、曲の魅力の深奥が分かる。(毎日新聞2017年12月20日夕刊 梅津時比古氏評)

【推薦】ビゼーと言えばまずはオペラだが、彼は少年時代からピアノが得意で、一時は、十分に優れたピアノ曲をも発表した。これまでにも何枚かビゼーのピアノ曲集はあったが、このたびの新譜は、特に往時のピアノを用いての演奏、しかもピリオド楽器のエキスパートが十分にその利点を生かしきっての奏楽であるところに、独自の価値がある。小倉貴久子がここで用いているのは、1848年製のプレイエル・ピアノ。小倉が自ら記すところを借りれば「フランスのエスプリを感じさせる、まさに19世紀パリの空気感を再現するかのようなピアノ」である。現代ピアノはアクション部分の接続ポイントにフェルトを用いて雑音を消しているが、当時のピアノは皮や木などを用いていたため雑音が出やすい。しかし「それもワインの澱のような味わいとなっています」と演奏者は言う。平行弦であるため音色は澄んでおり、高・中・低と、音域によって音質が微妙に、しかしはっきりとかわるところも古ピアノの特色。選ばれた曲目は「6つの無言歌」と副題された組曲《ラインの歌》、ショパン以降の佳作に数えていい2つの《夜想曲》、かつてG.グールドも採り上げていた《半音階的変奏曲》ハ短調、など、そしてディスクの後半は、劇音楽《アルルの女》の作曲者によるピアノ独奏版。おなじみの旋律の数々が、プレイエルの響きを通して、じつに新鮮に聴こえる。小倉貴久子がまたひとつ、後世に残るべき仕事をした。(レコード芸術2018年1月号 濱田滋郎氏)

【推薦】《カルメン》の作曲家ビゼーはリストにも賞賛されたピアノの名手であり、ピアノ曲にもすてきな作品がある。当盤はそんなビゼーのピアノ曲のアンソロジー。名フォルテピアノ奏者、小倉貴久子がプレイエル(1848年製)を弾いている。いうまでもなく、ショパンも愛奏したフランスの名器でイギリス式アクション(突き上げ式)のシングル・エスケープメント。注目はジョゼフ・メリがライン川沿いのケルンへの旅を綴った『ライン逍遥』の6つの詩に作曲した《ラインの歌》。イギリスの音楽大事典のビゼーの項目では詩も音楽も評価が低いが、適切な様式と楽器で聴くと格別な味わいがある。ブックレットの対訳も嬉しい。音楽作品には、作曲された時代の楽器とスタイルで演奏すると現代の楽器以上にその魅力が出てくる曲があるが、この曲などはその好例だろう。当時のプレイエルには鉄板や鉄柱は使われてはいるものの、木製の箱そのものを鳴らす感覚があり、フェルトのハンマーと弦の上に張られた第2響板などによって、いわく現実離れした夢想的で典雅な響きがする。それはウィーン式アクションの楽器とも違う複雑でカラフルな音色であり、ビゼーの音楽に合っている。他にも《幻想的な狩り》や《夜想曲》、作曲者自身によるピアノ版《アルルの女》など聴きどころが多く、とくに後者はピリオド楽器によるオーケストラの演奏を彷彿とさせて楽しい。今月のベスト3の一枚。(レコード芸術2018年1月号 那須田務氏)

[録音評]残響豊かな空間での演奏に、近めだがほどよい距離を置いて聴くイメージの収録。ピアノと違い鋳鉄製の背骨を持たないフォルテピアノらしい独特の柔らかい響きが眼前に広がる。近めのぶんサイズ感は大きめ。中低域に緩い響きをもたらす残響が特徴的で、アタックはやさしさが強調気味か。全体に、やや豊かな残響にマスクされているような気配を感じさせる〈90〉(レコード芸術2018年1月号 神崎一雄氏)

【今月の推薦盤】優れたピアニストでもあったビゼーは、数こそ多くはないものの、すばらしいピアノ曲を作曲した。それらには、華やかな技巧はもちろんだが、見事なオペラを書いた彼ならではの豊かな情景描写が聞こえ、ピアノを効果的に響かせる華やかな技巧がちりばめられている。とくに作曲者自身の編曲による『アルルの女』では、彼の優れたオーケストレーションが実感できる。小倉の演奏は、軽やかながら濃淡が明瞭で、音域によって多彩な音色を奏でるプレイエル・ピアノの音色を巧みに活かし、作品とピアノの魅力を丁寧に伝えてくれる。(CDジャーナル2018年2月号 長井進之介氏)

【注目】19世紀半ばを生きた作曲家、ビゼーのピアノ曲を、1848年製のプレイエルで聴く。オペラ《カルメン》で劇音楽作家としての名声を確かなものとしたビゼー。いくつかのピアノ曲も残している。面白いのはいずれの作品にも管弦楽、とりわけ劇音楽のような楽想が顔を出すこと。両者の融合は作曲家の個性とも考えられるし、歌や楽器種の枠に頓着しない当時の時代精神とも言える。アルバムの表題でもある《アルルの女》(劇音楽のピアノ編曲)はその極到。オリジナルのプレイエルが場面場面をくっきりと描き出す。音域によって異なる音色、多様な子音と広がりのある母音。役者にせよピアニストにせよ、口跡のよさは名人の証である。(音楽現代2018年1月号 澤谷夏樹氏)

BillboardJapan【Daily News】1848年製のプレイエルで弾く、小倉貴久子のビゼー(Album Review)  
いま「ピアノ」という言葉を使うときには、大抵はアクションはじめとする構造面の画期的な発明や、産業革命が可能にした工業技術を次々反映させ、音量を増してゆくとともに音域も広げて88鍵を備えるに至ったモダンピアノのことを指す。しかしクリストフォリの発明以来300余年、ピアノという楽器の辿った道は平坦でも一本道でもない。客席数2000を越えるホールでも映える豪壮なフルコンサートグランドの歴史は、長くはない。
それ以前の楽器は音楽史的な知見を深める道具に過ぎないのだろうか?  
いや、たとえばこのディスクで弾かれている1848年のプレイエルは、サイズ的に室内楽的、という次元をもこえて、聴き慣れたモダンピアノとはかなり異なる独特な音色、平行弦ピアノならではの独特の響きをもっている。そんななか、ピリオド楽器による演奏と録音を精力的に行っている小倉貴久子が、ただでさえ録音のさほど多くないビゼーを弾いてくれるとは、うれしい不意打ちというもの。これがこのディスクの最初の大きなウリだ。   
ビゼー(1838ー1875)は当然フランスの作曲家だが、冒頭に置かれた、メリのスタンザに着想を得た『ラインの歌』は、明らかにメンデルスゾーンやシューマンの系譜に連なる。比較的入手しやすいルイサダや福間洸太朗の録音もあるが、プレイエルから様々な音色を引き出す小倉のタッチが繰り延べる世界に改めて耳を奪われる。右手ユニゾンが旋律を担当する第2曲「出発」の後半にある喜悦に満ちた息の長いクレッシェンドや、ソプラノ声部とテノール声部の呼応に心ときめく終曲「帰郷」などでは、ダイナミック・レンジを十分に使い切って劇的な喚起力がある。第3曲「夢想」の和音に付き従われた優美な旋律や、第5曲「ないしょ話」での和声の推移につけられた折り目も丁寧だ。   
こうした造形の緻密さと、繊細だが時に大胆で強靭な打鍵との共存が演奏の大きな特徴だ、リスト風の演奏会用序曲といった趣きで、遠く近くこだまの聞こえる『幻想的な狩り』、カチッとした7つの変奏から成る『半音階的幻想曲』のような高度な技巧を要する曲では、過敏なほどによく反応するプレイエルのブリリアントな響きも存分に愉しめる。フィールドやショパンの影響を色濃く残した1854年のノクターンと、意想外の和声進行をみせて後代のフォーレを予告するような1868年のノクターンの対比も面白い。
後半は『アルルの女』の作曲者自身によるピアノ独奏版で、オケ版とは一味もふた味も違うものの、管弦楽的でヴィヴィッドな色合いもまばゆく、実に鮮烈。ヴィンテージ・ワインのような馥郁たる薫りを醸し出だすプレイエルで開いてくれるビゼーの世界を、是非お確かめ頂きたい。Text:川田朔也氏

月刊ピアノ1月号
日本を代表するフォルテピアノ奏者が、1848年製のプレイエルでビゼーのピアノ作品を演奏。オペラ『カルメン』のような情熱的なイメージかと思いきや、華麗で優雅なメロディからは、当時のパリの上品な雰囲気が伝わってくる。ビゼー自身がピアノ用に編曲した「アルルの女」は、ピアノ1台とは思えないくらい豊かな音色で、音による物語が描かれている。(月刊ピアノ2018年1月号 河本美和子氏)

ウェブぶらあぼ 小倉貴久子インタビュー記事より
作曲家と同時代の楽器でビゼーのピアノ作品集を録音
 フォルテピアノ奏者の小倉貴久子がジョルジュ・ビゼーのピアノ作品集『アルルの女』をリリースする。ピアノのレパートリーとしては、ややレアな作曲家。なぜビゼーを?
「実は私も、FM番組のテーマ曲で流れていた『ラインの歌』の一部を知っていたぐらい。でもその『ラインの歌』の全曲を弾いてみたら、とても素敵なんです。メロディの美しさ、親しみやすさ。他の曲も調べてみたらなかなか魅力的で、しかも『アルルの女』の作曲家自身によるピアノ編曲版がある。これはもっと知られるべきだと。ビゼーはピアノの名手だったので、やさしい書法でも非常に効果的に書かれている一方で、何気ない、簡単そうに聴こえる部分が意外に難しかったりして、彼の高度な演奏技術を感じさせます」
 おりしも、自身の所有する1848年製のプレイエル・ピアノの魅力を引き出せるようなCDを作りたいと考えていたところにもはまった。ビゼーのピアノ曲がこれまで注目されてこなかったのは、楽器の問題でもあるようだ。
「ビゼーが聴いていた、当時のピアノの響きで弾いてこそ魅力が出ると思います。19世紀半ばは、エラールがダブル・エスケープメントを発明して、楽器が現代のピアノに近づいてくる時代ですけれども、一方でこのプレイエルはシングル・エスケープメント。構造がシンプルなので、繊細な細かい指のニュアンスがハンマーに伝わりやすいという長所があります。こまやかな心のひだを描くような表現に向いているんですね。また、音域の違いによる音色の個性が豊かで、ある意味オーケストラ的。『アルルの女』などまさに、音量でなく、音色の多彩さが管弦楽的に響きます」
 たしかに、モダン楽器の演奏と比べてみると、表現の、そして音量のダイナミズムの違いが明らかで、まったく別の曲のようにさえ聴こえてくる。注目の一枚だ。
取材・文:宮本 明氏(ぶらあぼ2017年11月号より)

いまクラシック音楽の世界で、作曲家の生きていた時代の楽器の響きを復元することは、もっとも重要な潮流のひとつである。ピアノの分野では、フォルテピアノと呼ばれる古いタイプのピアノの響きが見直されてきている。小倉貴久子はその分野の第一人者であるが、今回の『アルルの女〜プレイエル・ピアノによるビゼーピアノ作品集〜』は、フランス製の歴史的楽器を用いながら、オペラ『カルメン』で有名な作曲家の珍しいピアノ作品を集めて、見事な演奏を繰り広げている。
小倉の演奏するプレイエル・ピアノの響きは、現代のピアノと比べると、軽く明るく、しかし幻想的な夢を思わせる響きがあり、一瞬のうちに聴き手を遠くの世界へと連れ去ってくれる力がある。それにしても、ピアノで弾く「アルルの女」の何と美しいことだろう。併録された「ラインの歌」「ノクターン」なども、優美で憂いを含む素晴らしい曲ばかりだ。(サライ 2018年3月号 林田直樹氏)

《ブックレット付録》
ビゼーが《ラインの歌》の構想を得た、ジョゼフ・メリ(1797-1866)作の一連の詩「ライン逍遥」(1864年)逐語訳

訳:久野 麗(脚本家・音楽文芸研究家)

前奏曲
ラインはこの美しい河、何処の岬にも 
岩に刻まれた寓話や歴史がある。
ラインは話す。物語るのだ、声高らかに
謎に包まれた惨劇を 至高の偉業を
かつてそれらは、深みの底で
周囲の日向で 木々の陰で 成し遂げられたのだった。

ラインはあらゆる音色で奏でる 楽しげに、軽やかに、重々しく
庭や葡萄畑や城主らを歌うために。
天然の調べは 芸術の掟に従う
鷲たちが水を飲みに来る紺碧の入江の中に
木の船の中に 音楽院の神は創り給うた。
グルック、ウェーバー、ベートーヴェン、そしてモーツァルトを。


夜明け
美しい夏の日だ、 空に鐘を鳴らすのは。
朝一番だ、 その柔らかな光、
水平線の光が川面を銀色に染めにくるのは。
山々の樅の木立のてっぺんは色づいている
馥郁たる空気は夜明けの合奏で満たされ
川を渡る風に、鳥たちの歌に 満たされる


出発
若い樵(きこり)たち、河岸の生まれの若者たちは、
空いた小舟を 嬉々として川に浮かべる。
舟は進む、危げなく、晴朗な青空のもと
彼らの純真な声、その魂の愛情溢れるこだまが
歌うのだ、 櫂の呟きを伴奏に、
ラインの古城に向けて青春の讃歌を


夢想
やがて、陽気な声は河岸で潰えた。
幸せな旅人たちは夢に身をゆだねるのだ!
櫂はもはや水の道を漕いではゆかない。
声の讃歌が終わると、心の讃歌が始まる。
涙が彼らの目を濡らす。広大な水平線の上に
その目は昔のゲルマン民族が若返るのを見た。


ボヘミア女
だが黒雲が 河岸の上に沸き立った。
唄歌いの ボヘミア女がやってくる。
女は、陽気な波の音にダンスを混ぜ
そして、樵たち高貴な信仰の美徳を嘲弄しながら、
最も忠実な心たちに、不実を唆(そそのか)しながら、
低くうなる太鼓の上で鈴の音を響かせる。


ないしょ話
動かない小舟の上で彼らはみな心打たれた
狂おしい女占師の悲しい歌に。
彼らは波に櫂を、風に帆を返す、
皆が愛する対話を彼方へ探しに。
澄んだ空気がボヘミアンの雲を晴らした
夢の中で聞いた、曖昧な音のような雲を


帰郷
日は落ちた。ラインに夜の帳が下りる。 
星たちに向かって、歌うこと、生きること、それは喜びだ。
夜は、夏には、夜より美しい…
明日、おお若者たちよ、君たちは再び唱えるだろう
大河への挨拶を、夜明けへの讃歌を。
ラインに倣え、ラインは永久(とわ)に歌うのだ

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