ぶらあぼ 06年7月号 ぴっくあっぷコーナーより
インタビュー 小倉貴久子(チェンバロ/フォルテピアノ)

気持ちのいい朝を、毎日でも

 日本のフォルテピアノの第一人者と言っていいだろう。ブルージュ国際古楽コンクールでは、アンサンブル部門、フォルテピアノ部門で優勝し、聴衆賞も獲得。帰国後は、各回ごとにテーマを持たせた室内楽演奏会「音楽の玉手箱」や、コンサートシリーズ「ベートーヴェンをめぐる女性たち」「モーツァルトの生きた時代」など意欲的でユニークな企画を次々と立ち上げている。今回はモーツァルト・イヤーにちなんだシリーズ「Viva Amadeus!!」洋館サロンで楽しむモーツァルト」でフォルテピアノを披露する(6月24日既終了)。
「フォルテピアノ奏者が集まって昨年9月にスタートした企画。私は参加者の1人で、今回はシリーズの6回目。ほぼケッヘル番号順に、未完の作品も補作して取り上げています。開場の自由学園明日館は小さめですが、フォルテピアノにはちょうどいい広さ。そして楽器の音がストレートに伝わるホールです」
 今回の話題はもうひとつ、「ソナチネ・アルバム」のリリース。ピアノ学習者なら必ず経験したであろう「ソナチネ」の数々の中から彼女がセレクトしたものだ。モーツァルトやベートーヴェン、あるいは浜松市楽器博物館収蔵の歴史的な鍵盤楽器によるシリーズ、あるいは知られざる作曲家コジェルフの発掘など、彼女の録音も多彩なのだが、今度は「お稽古」用の作品とは。
「確かに簡単なテクニックで弾けるように書かれているんですが、お稽古用だけにしてしまうにはもったいないし、もともと教材用に作曲されたものではありません。名作「星の王子さま」のような、子ども向けに書かれていながら深さがある。ユートピアを夢見るような、明るくて前向きな音楽。音楽の愛好家のために肩の凝らない作品をと書かれたものですから、弾いていても楽しいんです。寝覚めのいい朝、気持ちのいい風に吹かれながら朝食を、あるいは蕎麦そのものの素朴な味を楽しむ、ざる蕎麦のようなイメージ。はたまた、赤ちゃんの笑顔のような幸せ感。よどみない流れに乗って楽しく時間が過ぎていく。音楽愛好家をくすぐるツボを心得ていて、楽しませてくれるんです」
 チェンバロとフォルテピアノを使い分けて録音しているのも目を引く。この形での録音は世界初かも。
「書かれた時代と作品の個性を考えて。モダン・ピアノでは表現できない『魔法のような音色』で弾ける。曲が短い分、構成は単純なので、演奏する際には音色がとても重要なんです。また定番でみんなが飽き飽きしている、あのアルベルティ・バス(ド・ソ・ミ・ソのような分散和音)でさえ、弾く喜びを感じられるんです」
 選曲にあたっては1人の作曲家に1作品と決めた。
「その作曲家の個性が最も出ている作品を選んだつもりです。そうして並べていくと、モーツァルトのような天才もその時代の空気を表現していることもわかってきます。親しみやすい作品ばかりですから、クラシックの楽しさを知るきっかけになると嬉しいです」
 目からうろこ。ぜひご一聴あれ。今後の企画のアイディアもすでに始動。それはまたの機会に。


〈取材・文:堀江昭朗氏〉

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