『モーツァルトの生きた時代』第3回 楽曲解説

●ヒュルマンデル:ディヴェルティスマン ヘ長調  作品7-6

 ニコラ=ジョゼフ・ヒュルマンデルはストラスブール生まれの鍵盤楽器奏者で、1770年代中頃から1780年代までパリで活躍しました。つまり、彼はモーツァルトのパリ訪問時に同地にすでに定住していたのですが、直接会ったという記録はありません。しかし、1778年7月に書かれたモーツァルトの手紙には、ヒュルマンデルの作品の楽譜を入手したことが書かれているだけでなく、「とてもすばらしい」と誉めているのです。
 《6つのディヴェルティスマン》作品7は1783年にパリで初版の出た曲集で、各曲は3部形式やロンド形式による3つの楽章からなっています。第6番ヘ長調の第1楽章(6/8のアンダンティーノ)は3部形式で、舟歌のように穏やかな主部と、短調に転じてコントラストに満ちた中間部からなっています。第2楽章はメヌエットで、第1楽章と同様に、滑らかな旋律線をもつ主部、短調に転じる中間部を持っています。第3楽章(2/4のアレグロ)は2つの短調エピソードをもつロンド楽章で、名技性を盛り込んでいる点で、繊細な表現をもつ先行楽章とは趣きが異なると言えるでしょう。

●モーツァルト:ボーマルシェの『セビーリャの理髪 師』の付随音楽よりロマンス「私はランドール」に よる12の変奏曲 変ホ長調 KV354

 ソナタイ短調と同時期の作曲で、同じ出版社から1778年に初版が出ました。18世紀の変奏曲は、主題を流行歌などから取ることが多かったのですが、モーツァルトもその慣例に基づき、当時のパリでよく知られた旋律を使っています。その旋律とは、1775年から上演されていたボーマルシェの喜劇『セビーリャの理髪師』への付随音楽(アントワーヌ=ロラン・ボドロン作曲)から取られたものでした。
 この作品は規模が大きく、優美な主題(2/4のアレグレット、変ホ長調)の後に12もの変奏が続きます。ゆったりとした流れをもつ主題を細かい動きの音符で彩るというかたちの変奏が中心ですが、メヌエットへの変更(第8変奏)、短調への変更(第9変奏)、遅いテンポへの変更(第12変奏)など、後半において変化が激しくなっています。そして、最後に主題が元のかたちで再現されて全曲を閉じます。後年、ウィーンに定住したモーツァルトの愛奏曲になったことも頷ける、充実した変奏曲と言えるでしょう。

●ヒュルマンデル:ソナタ 変ホ長調 作品1-2

 《ディヴェルティスマン》の項でも触れたように、モーツァルトはヒュルマンデルの音楽を高く評価したことがありました。しかし、どの作品の楽譜をみてそうした判断を下したのか、手紙には具体的に書かれていません。モーツァルトがパリに到着した1778年までにヒュルマンデルは4つのソナタ集を出版しているので、評価の対象がこれらの曲集のうちのどれかだったことは間違いないでしょう。したがって、本日演奏されるソナタ集作品1(1773年頃初版)の第2番も有力な候補と言えます。このソナタはヴァイオリンの伴奏を付けることができますが、本日のように、鍵盤楽器独奏だけで演奏することも許されています。
 第1楽章(2/2のアレグロ)は繊細な表現をもったソナタ楽章で、70年代当時としは明確に区分された構造をもっています。第2楽章(2/4のアンダンテ・ウン・ポコ・アダージョ、ハ短調)は強弱のコントラストと半音階の使用が顕著なソナタ楽章です。第3楽章(3/8のアレグロ)は軽快さと名技性を盛り込んでいる点でフィナーレに相応しい内容をもちますが、表現の多彩さはモーツァルトにも通じるものがあるのではないでしょうか。

●エーデルマン:ソナタ ハ短調 作品2-1

 ジャン=フレデリック・エーデルマンは、ヒュルマンデルと同じくストラスブールの出身ながらパリで活躍した鍵盤楽器奏者です。モーツァルトはパリに向かう途次、アウクスブルクでエーデルマンの作品と出会い、「とてもきれい」と誉めたことがありますが、作曲家本人と直接会ったという証拠はありません。父親似で口の悪いモーツァルトが誉めているのも頷けるほど、エーデルマンの作品は非常に優れたものが多く、本日演奏されるソナタ作品2(1776年初版。ヴァイオリンの伴奏付きでも演奏可)の第1番も素晴らしい内容を持っています。
 第1楽章(4/4のコン・エスプレッショーネ)は、短調の激烈さと穏やかな陽光のような長調が対比的なソナタ楽章で、ロマンティックな雰囲気を湛えています。第2楽章(6/8のアンダンティーノ、変ホ長調)は第1楽章とは打って変わって優美さが勝り、短いながらも聴き手に平安を与えてくれます。第3楽章(2/2のコン・モート)は再び激しい性格となり、とりわけ和音の強打がその性格を強調しています。

●ミスリヴェチェク:ソナタ ニ長調

 ヨゼフ・ミスリヴェチェクはプラハ近郊で生まれ、イタリアで1770年代にオペラ作家として成功を収めた作曲家でした。モーツァルトとは1770年にボローニャで初めて出会い、77年にはミュンヘンで再会しています。その折りにミスリヴェチェクのソナタの楽譜も入手し、「非常に憶えやすく、正確に弾けば効果的」と評価しています。本日演奏されるソナタは、モーツァルトが入手したものと同じ6曲のソナタ集から選ばれています。
 第1楽章(4/4のアレグロ・コン・スピーリト)は、繊細さよりも直裁的な表現が目立ち、シンフォニアのように華やかでダイナミックな性格をもつソナタ楽章です。第2楽章は第1楽章とは異なり、穏やかで精細な表情をもつメヌエットの主題に6つの変奏が続きます。先へ進むに従って、音符の動きが速くなっていく点が特徴的です。

●モーツァルト:ソナタ イ短調 KV310

 この、モーツァルトにとって初めての短調による独奏ソナタは、1778年の春から秋にかけて滞在したパリにて作曲されました。旅行に同行していた母親が亡くなったことの悲しみがこの作品の作曲目的と関連しているという風説をよく耳にしますが、モーツァルト自身はこの関連については何も語っていません。旅行中に書きためたソナタ(ハ長調KV309、ニ長調KV311)とともにセットで出版して一儲けしようという意図のほうが強かったかもしれません(初版は1782年頃に同じパリで出版されています)。
 第1楽章(4/4のアレグロ・マエストーゾ)は、力強い行進曲風の冒頭主題と、16分音符が無窮動風に連なるもう一つの主題を中心にしたソナタ楽章です。「マエストーゾ」という言葉は「荘厳に」という意味ですから、通常の軽快なアレグロより重々しい演奏が求められているのかも知れません。第2楽章(3/4のアンダンテ・カンタービレ、ヘ長調)は、劇的な第1楽章とは対照的に、穏やかな表情、きめ細やかな装飾音符に彩られていま
す。「コン・エスプレッショーネ(表情を込めて)」と
いう指示をもち、通常のアンダンテよりも繊細でときに大胆な表現が込められています。第3楽章(2/4のプレスト)はロンド楽章ですが、陽気さとは無縁どころか、8分音符の絶え間なく執拗な流れが不気味ささえ醸し出します。そのためか、中間部に位置する長調のエピソードでは束の間ではありますが、幸福感に満たされています。(安田和信)

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